またしても桜田五輪大臣が話題を振りまいている。2月21日の衆議院の予算委員会に3分ほど遅刻したのである。前の質疑が遅れていたことから、桜田大臣への質疑がずれ込むのではないかという事務方の時間の見積もりが誤り、結果、大臣は質問開始時間の10時にわずかに遅れることになった。
桜田大臣のこれまでの言動から大臣への適性が疑われているのは間違いないが、一方で、「3分の遅刻」である。こうしたコラムで書くことすら恥ずかしいことだが、社会人であれば5分前行動が当たり前だ。その常識から照らし合わせれば、社会人失格だろう。
大臣は企業の役員と思えば
ただ、大臣は企業でいえば、役員である。秒刻みのスケジュールで動いているわけで、タイムイズマネーの世界だ。当然車での移動がデフォルトで、道路の渋滞に巻き込まれれば、数分の遅参はない話ではない。
そう思えば、今回の桜田大臣の遅刻は、果たしてそこまで目くじらを立てる案件だろうか、と思うと、はなはだ疑問である。
むしろ、鬼の首を取ったかのような野党の姿勢こそ、世間から見れば違和感だらけである。3分の時間を待てず、むしろ、これを奇貨として野党は委員会を退席し、結局、予算委員会が再開されたのは予定から4時間半遅れの15時半だった。
国会議員の時間単価は固く見積もっても1万円。実際の稼働時間などを考えると、時間単価は3万円ほどだろう。5時間の遅延で一体、どれだけの税金が無駄になったのだろう。
3分が我慢できず4時間半を無駄にする野党のズレ
もし、野党の国会議員がビジネスの感覚を持ち合わせていたら、4時間半の審議遅延は時間とお金の無駄遣いで我慢ならないはずだし、むしろ、大臣が到着したら、速やかに審議を再開しただろう。
ことほど左様に、今の永田町の感覚はビジネスの現場から大きく乖離している。むしろ、この審議の遅延によって、平成31年度予算の自然成立までの時間を削れたと喜んでいるのだから、タチが悪い。
実際、与党は頭を抱えている。新年度予算案を今年度中に自然成立させるには、3月2日までに衆院を通過させる必要があるからだ。3月2日は土曜日。そのため、実質的な対みリミットは3月1日。この日までに衆議院を通過しなければならない。今回の一件で、予算通過までの時間ののりしろがなくなったと自民党は頭を抱えている。
与党も野党も、どっちもどっちである。まず適性を欠いた人材でも順送り人事で大臣の椅子が回ってきてしまう昔ながらのやり方を踏襲している与党。一方で、国会におけるすべての戦略は時間闘争だという従来の価値観から抜けだせない野党。そのいずれも、国民から見れば、時代遅れの産物以外、何者でもない。両者ともコスト意識に欠け、人材戦略ももたない、企業であれば、滅びていく組織と瓜二つに見えてしまう。問題は永田町の住民が自分たちを客観的に見えなくなっている現状である。
1990年代から時計の針が止まった永田町
残念ながらメディアも、こうした与野党の古い体質を指摘する向きも見られない。特にテレビ局は顕著だ。政治家もメディアも、時計の針が1990年代から止まったままのようである。有権者の政治離れが叫ばれて久しいが、こういう小さなことの積み重ねが政治への不信、諦めにつながっているのではないか。
旧社会党の残滓ともいえる、立憲民主党に永田町にイノベーションを起こす力はあるまい。新しい時代の、新しい永田町を作っていく力を持っているとすれば、それは国民民主党だろう。自由党との会派合流によって、耳目を集めるようになった今はチャンスだ。こうしたときに、民間のビジネス感覚にマッチした対応策を堂々と打ち出してほしい。