新卒年収1000万円のインパクト
先ごろ話題になった、新卒採用者に年収1000万円を用意するというニュース。回転寿司チェーン大手のくら寿司が、「エグゼクティブ新卒採用」と銘打って、2020年春入社の新卒採用者のうち10名ほどに年収1000万円を支払うというものだ。その数日後、今度はソニーがデジタル人材の初任給を最大2割増額すると報じられた。
ここに来て、従来の横並びではなくデジタル関連人材を中心に、特定分野で採用する人材の賃金値上げに踏み切る企業が相次いでいる。「人工知能(AI)」などのワードに象徴されるように、今、多様な産業分野で先端領域に精通する人材の需要は高まりを見せている。
新聞報道によれば、「2018年の世界のAIトップ級人材2万2400人のうち約半数は米国に集中。日本が占める比率は4%の800人強にとどまる」(6月3日付日本経済新聞)という。グローバル市場を舞台に日本企業が世界で戦うためには高度人事の確保は重要課題に違いない。新卒採用時の高待遇化も、加熱する採用事情の現れと言えるだろう。
時をほぼ同じくして 経団連の中西会長やトヨタ自動車の豊田社長が相次いで、終身雇用の見直しに言及するなど、国内の労働環境は今、変化の過渡期にある。兼業副業を認める制度設計も急がれる昨今、働き方は大きく変貌を遂げようとしている。
構図は少子化にあえぐ大学業界とも似ている
こうした採用市場の急速な変化を見るとき、その背景の一つとして、少子化に伴う大学進学率の上昇に目を向けておきたい。
文部科学省の資料によると、2017(平成29)年の18歳人口の高等教育機関への進学率は80.6%に達した。そのうち大学と短大に限定すると進学率は57.3%。大学と短大への進学希望者に対する大学・短大の収容力は93.7%にまで及ぶ。"選り好みさえしなければ"、ほとんどの進学希望者が大学または短大に入学できる計算になる。
18歳人口は1992(平成4)年に団塊ジュニア世代が205万人に達したのを最後に急降下をはじめ、2003(平成15)年には150万人を、2018(平成30)年には120万人を割り込んだ。ところが、大学と短大の入学者数は1992年の79万人から69万人とわずか10万人しか減っていない。これは入学希望者による学力競争から、大学側の定員確保争いを包含するようになったことを意味する。今後、18歳人口はさらに減り、2032(令和14)年には100万人を割り込むと予測されている。
一方、大学の数は右肩上がりを続けている。1990(平成2)年に507校だった大学数は、2017(平成29)年に780校にまで増えている。国立大学が96から86に減ったのとは対象的に、私立大は372校から604校へと大幅に増加したのが特徴だ。
大学は増え、進学率は上昇したが、18歳人口が大きく減少していることもあって、すでに私立大学の約4割は入学定員を充足していない。首都圏や地方の主要都市に設置される上位校から順に人気が集まるのが実情である。
200万人採用から100万人採用の時代へ
18歳人口の減少が出生率の低下によるものということは当然だが、生まれた人数以上に人口は増えないので、突如人口が増加に転じることも起こりえない。当然、大学を卒業する22歳人口もまた減少しているわけであり、入学者確保にしのぎを削ってきた大学業界から遅れて、いよいよ産業界でも人材確保の熱が帯びてきたというのが、くら寿司が新卒採用1000万円という花火を打ち上げた背景の一つといえる。
これまで200万人近い若者を日本国内だけの採用市場でやりくりしていればよかったものが、今では120万人を切った若者のうち優秀な人材は世界市場を見据えたキャリアを描くのだから、国内の採用市場の変化も納得できる。
企業側としては、このタイミングで変革に意欲的な姿勢を見せることも採用市場における強いアピールポイントになるとの計算もあるだろう。兼業副業を認めたり、子育てしやすい制度設計を取り入れたり、新たな時代の企業像が今求められはじめている。かつて栄養ドリンクを握りしめ「24時間働けますか」と息巻いていた時代も今は昔。
これから求められるのは、新しい時代に即した企業内の働き方改革と同時に国全体の制度設計だ。令和の新時代にふさわしい制度設計が進むことを切に望む。