新卒至上主義と、その裏返しとしての終身雇用制度、流動化しない人材。日本は長らくイノベーションを起こせないまま、10年、20年、30年の月日を過ごしてしまった。課題はどこにあるのか分かっていながら、その課題を是正する方向へ舵を切れないのはなぜだろうか。戦後50年、60年の間に日本全体が霞が関の中央省庁に箸の上げ下ろしまでやってもらわないと動けなくなってしまったかのようである。
東大文1を東大文2が上回ったワケ
制度疲労ともいうべき日本の現状に対して、若者は今、敏感に反応しつつある。今年の東京大学の入学試験において、文科1類(法学部)の合格最低点が文科2類(経済学部)のそれを下回ったのである。言うまでもないが、長らく東京大学文科1類は文系学生のトップに君臨してきた。口にこそしないものの、文1だと難しいから文2というのがよくあるパターンで、経済学を学ぶために積極的に文2を選ぶ人材は、トップ層のごく一部だった。
それがよかったのかどうかはさて置き、今年の東京大学受験生の変化を見ると、学力トップ層は日本が直面している課題と、それに対する自らの人生への対応を冷静に見極めているように思う。
先日、リープフロッグの原稿を書いた。そこで述べたように人材もまた、リープフロッグを起こそうとしているのかもしれない。それはつまり、大企業離れ、日本離れ、である。もちろん、それはまだマスではないだろう。マスではないものの、既に東京大学の学生のマインドセットが変わりつつあることは注目だ。東京大学では中央省庁や大手都市銀行はかつてほどの人気はなくなり、代わりに戦略コンサルティングなどの上位にランクするようになって久しい。そして今、戦略コンサルティングに変わり、起業あるいはベンチャーへの就職が人気になりつつあるという。
泥船から逃げ出す優秀な人材
こうした話を聞くと、霞が関や永田町が社会の変化、なかんずく、学生の変化を感じ取れていないように思う。少子化・高齢化、そして人口減少という大きな社会変化に直面している日本にとって、生産性向上への取り組みは待ったなし、だ。社会のルールをつくるのは、永田町の国会議員であり、それをサポートする霞が関の中央官僚である。今こそ、政治、行政の現場にいる者はイノベーションを阻害するものを取り除くことに心血を注ぐべき時だと言えよう。
卑近な例になるが、最近、次のような話を聞いた。それはドローンの規制緩和についてだった。これからドローンは医療や農業、物流など様々な分野への応用が期待されるが、日本にはドローンのあり方を規定する法律が存在しない。存在しなければ、一から作ればいいと思うが、実際には「ラジコンヘリ」に適用している法律で解釈し、ドローンの運用を規定しているという。
理由はドローンがラジコンヘリに近いから、である。新しく立法できない、あるいはしない理由はいくらでもあるのだろう。しかし、問題はその姿勢にある。今後、新しい産業領域に拡大することがほぼ確実に見込まれるドローンにあって、新しいルールを作ろうとしない姿勢こそがイノベーションを阻害しているのである。
選挙で社会のマインドセットをリセットへ
これは労働政策や産業の競争政策など、様々な分野に影響していると思われる。どうやったら、こうしたマインドセットをリセットできるのか。答えはまだ誰も見つけていない。見つけていないが、一つ確実に言えるのは、選挙という装置はその大きなキッカケになり得るということだ。2019年は12年に1度の、統一地方選挙と参議院選挙が重なる年である。場合によっては衆参ダブル選挙の可能性もささやかれている。目の前のパンの議論に終始するのではなく、日本の大きな未来図を語ってくれる政党が現れることを心から望みたい。