「働き方改革」の躓き
安倍内閣の今国会の目玉政策である「働き方改革」について、大きな躓きがあった。
19日に、担当大臣である加藤勝信厚生労働相が衆院予算委員会の中で、裁量労働制に関する厚生労働省の労働時間調査に不備があったとして謝罪したのだ。
「働き方改革」を巡って、労働者の労働時間を柔軟化できる裁量労働制を拡大しようと安倍総理は目論んでいた。対して、衆議院では立憲民主党の長妻昭議員や希望の党の山井和則議員が、参議院では民進党の森本真治議員らがその問題点を指摘してきた。長妻議員らは労働政策研究・研修機構が行った裁量労働制に関する調査結果を出しながら、裁量労働制のもとでは長時間労働につながるとして、政府の方針を批判していたのだ。
対して、安倍総理や加藤大臣は厚労省が行ったという調査結果をあげて、労働時間は一般の働き方が裁量労働制と比べて長いと反論してきた。裁量労働制を拡大したところで、長時間労働にはつながらないと言うのだ。
この反論のために持ち出したデータが恣意的なものであったため、厚生労働省の労働時間調査に不備があったとして加藤厚労大臣が謝罪することになったのである。
ただ、この件について詳しく書いている法政大学の上西教授の一連の記事を読むと明らかなように、これは単に厚労省の労働時間調査に不備があったということではない。
なぜ首相は裁量労働制の労働者の方が一般の労働者より労働時間が短い「かのような」データに言及したのか(上西充子)
https://news.yahoo.co.jp/byline/uenishimitsuko/20180203-00081208/
裁量労働制の労働者の方が一般の労働者より労働時間が短い「かのような」答弁のデータをめぐって(続編)(上西充子)
https://news.yahoo.co.jp/byline/uenishimitsuko/20180206-00081326/
裁量労働制の労働者の方が一般の労働者より労働時間が短い「かのような」答弁のデータの問題性(その3)(上西充子)
https://news.yahoo.co.jp/byline/uenishimitsuko/20180210-00081457/
具体的に何が行われたのか、簡単に示す。
安倍総理らが示そうとしたのは、以下の式Aである。
裁量労働で働く人の労働時間① > 一般的な働き方の人の労働時間② …式A
長妻議員らはこの不等号の向きが逆であることを示した調査結果を国会審議で用いており、それに反証しようとしたのだ。
そもそも、安倍総理らが持ち出した厚労省の調査は①と②について、異なった趣旨の質問を行っており、単純に①と②について比較すべきものではなかった。この点を捉えて、加藤大臣は労働時間調査に不備があったとしたわけだが、調査方法自体には不備はない。何故なら、上記の式をA検証するための調査を厚労省は行ったわけではなく、①と②について別々の観点から実態調査を行っていたからだ。後から、式Aが成り立つことにしようと、①および②の数値データに手を加えたことが今回の問題の核心である。
まず、①については、労働時間が長くなるような操作が行われている。その方法は、上に紹介した上西教授の「その三」に詳しい。実態としての労働時間①ではなく、明らかにそれが長くなるように手が加えられていたのである。
次、②の時間を短くするために、②の全体の平均値を取るのではなく、最も多くの回答者が属する層の時間について労働時間の平均値を取るということをしている。これにより、長い労働時間を回答した層は平均時間の計算には含まれなくなり、平均時間は過少なものになる。
簡単にまとめれば、①は出来るだけ大きな値にするようにし、対して②は出来る限り小さな値にするようにする。そのような操作が行われていたのである。
特に②部分のカラクリは、2月5日の衆議院予算委員会における希望の党の玉木代表と加藤厚労大臣の質疑で、その一端が明らかとされている。長妻議員や山井議員の追求が目立っているが、核心に切り込んだという点では玉木議員の功績も大きい。
安倍総理及びに加藤厚労大臣の答弁に都合が良いようにデータの操作が行われていたことが間違いない。もはや、それはデータの改竄であり、調査結果の捏造である。その改竄や捏造を基にして野党に反論し、あたかも野党が言いがかりをつけているかのような印象操作を行っていたのである。これは極めて悪質な行いであり、厚労省の労働時間調査に不備があったなどと事務方に責任を負わせるようなやり方は責任転嫁も甚だしい。
安倍政権が進める政策に都合が良いようにデータが改竄されて、それが国会の審議の場で用いられたという事実は極めて重い。
忖度でデータが改竄されたのか
もちろん、安倍総理や加藤大臣が直接の指示を行っていたのかどうかは不明である。そのことについて何らかのやりとりに関する資料があったとしても、昨年来の森友・加計学園問題の経緯を見れば明らかなように、その資料が公開されることはないであろうことから、真相は藪の中のままだろう。ただ、少なくとも、通常はあり得ない操作を行ったデータや調査結果が国会の審議において総理大臣や厚労大臣の主張を裏付けるものとして使用されたことは事実である。もし安倍総理や加藤大臣の指示がなかったとしたら、政権の意向を忖度して、官僚が国会答弁のために都合が良くなるようにデータを改竄し、ありもしない調査結果を捏造したということになる。
厚生労働省として、国会で安倍総理や加藤大臣が答弁で用いる可能性があるのを知った上で、改竄したデータや捏造した調査結果を両者に渡していたのであり、どこかの段階でその行いがオーソライズされていたはずである。20日には、安倍総理が「私や私のスタッフから指示を行ったことはない」と釈明しており、そうであるならば、この件、責任者として局長レベルの官僚の更迭は必至であると言って良いだろう。
傲慢さが招いた見落とし
加えて、野党議員から再三にわたってデータの不備を指摘されながら、詭弁を重ねて、あげくは野党の方が言いがかりをつけていると言わんばかりの口ぶりで野党の質問者に反撃してきた安倍総理や加藤大臣の傲慢さも責められるべきだろう。
そもそも、野党の質問者が出してきたデータ自体、元を確かめると厚生労働省が関わっていた調査である。官僚が忖度をして都合の良いデータや調査結果を安倍総理らに手渡していたとしても、野党による反対や批判にも真摯に耳を傾け、正すべきは正していれば、このような事態には至らなかったはずだ。先にあげた式Aありきで、その反証となるデータを野党が出したとしても、それを真摯に検証しようとすらせずに、強弁と詭弁を繰り返す。真摯な姿勢が安倍総理らには欠けており、それが今回のような躓きにつながったのである。
安倍総理は言葉では「真摯に」を繰り返してきたが、今回の一連の騒動を見ても、野党を馬鹿にするばかりで、真摯な姿勢には程遠いと言わざるを得ない。野党に自説で反論するのは自由だが、国会の審議の場で、ありもしないデータや調査結果を自説の補強のために使うというのは国民を欺くことと同義であることを忘れないで欲しい。