予想外の「敗訴」
日本政府が世界貿易機関(WTO)に提訴していた韓国政府による福島第一原発事故後の日本の水産物に対する禁輸措置をめぐる問題。
提訴を受けて、WTOは紛争処理小委員会を設置し、2018年2月には、韓国政府の措置が不当との判断を下し、韓国政府に対して是正を勧告した。これに対して、韓国政府が最終審にあたる上級委員会に上訴していたが、この4月にその判断が下された。
当初から、日本政府の主張が認められるだろうとの憶測がなされていた。韓国政府もWTOの判断は覆らないと予想していたようで、是正には猶予期間があると国内向けに政府は発信していたようだ。しかし、出された上級委員会による判断は、紛争処理小委員会の判断には誤りがあったというもの。上級委員会の審理は差し戻されることはないため、これにてこの問題はひとまず確定となり、韓国政府の禁輸措置は是正されないことになった。
紛争処理小委員会の判断では日本政府の主張が認められたため、上級委員会も同様の判断がなされるとの楽観論が外務省ではあったようだが、およそ真逆の結果になってしまったのだ。
特に日本政府としては、福島の水産品の安全性を裏付けるデータを蓄積し、その科学的根拠に基づき韓国政府の措置の不当性を訴えていたこともあって、よもや負けるとは思っていなかったようだ。
日本敗北の理由
WTOの上級委員会は、日本食品に含まれる放射線量の水準などの分析は今回の訴訟の対象ではないとの判断を下している。ここに日本が負けてしまった理由がある。
日本政府が力を入れて示した水産品の安全性。それ自体が今回の訴訟の対象とならないとされてしまったため、無意味な根拠を日本政府が並び立てただけになってしまったのだ。
小委員会は、この日本食品に含まれる放射線量の水準に着目し、それが基準を下回るものであるにもかかわらず、韓国政府が禁輸措置をとっているため、それは不当であるとしたわけだが、これが誤った判断基準によるものとされてしまったということだ。
外務省は、「上級委員会は,本事案ではパネル判断を棄却したのみで,結果として紛争解決に資するものとなっていない」とか、「日本産食品の安全性についてのパネルの事実認定については争いがなく」としている。
これなど、韓国政府に出し抜かれた事実を認めたくなく、ただ負け犬の遠吠えをしているように見えてしまう。
韓国政府は2018年の一審での敗北を受けて、対策チームが綿密に訴訟戦略を練って対応したとされている。その訴訟戦略は、水産品の安全性そのものでは争わずに、別のところに判断基準を見出し、その判断基準が考慮されぬまま判断が下されたので不当であるとの主張であったことが推察される。
上級委員会の判断では、将来的に汚染に影響する可能性のある日本周辺の海洋環境などの地理的条件も考慮する必要があるとされた。そのような考慮をしたとしても、それが韓国の禁輸措置を正当化できるのかどうかは、何とも言えないところだと思うが、そのような判断基準が考慮されていない判断がなされている以上、その判断に誤りがあったとされてしまったのだから、日本政府としても辛いところではある。
日本政府に出来ることがあったとするのであれば、現在の水産品の安全性を示すだけではなく、周辺の海洋環境などの地理条件を加味しても安全性が担保され得ることを示すことであった。ただ、それは、環境は複雑に絡み合っているために容易ではなく、軽々に日本政府にそれを求めるべきでもないはずだ。
韓国政府の訴訟戦略を成功させない工夫が日本政府には求められていたのである。
外務省の言い訳
5月16日の自民党の水産部会・外交部会・水産総合調査会合同会議の様子が伝えられた。
議題は、「議題:WTO上級委員会報告書の結果を踏まえた対応について」
ここで外務省がWTOでの「敗訴」について自民党議員に向かって弁明したようである。
その一端を産経新聞の記事が詳しく伝えているが、外務省担当者いわく、次のような理由があげられたようだ。
・政府全体としての訴訟戦略を練ることが出来なかったこと
・専門家と弁護士事務所のやりとりに任せ過ぎたこと
・高度な政治的判断が必要となる場面で、専門家レベルの判断に委ね過ぎてしまったこと
その言い訳の陳腐さには、目を覆いたくなるばかりである。産経新聞の誤報であるのかとすら疑ってしまう。
WTOに提訴した案件である以上、日本政府をあげて戦わなければならなかった。にもかかわらず、「政府全体として」云々を今さらになって言う。
さらに、福島の水産品だけに関わらず、日本全体の信頼性や安全性にも関わるような重大な案件にもかかわらず、「専門家や弁護士に任せていた」とは。外務省は日本の国益とは無関係な役所なのだろうか。これは明らかな職務怠惰だ。
もはや政治判断が必要となる場面で専門家に任せてしまったとまで言われてしまっては、語るに落ちる。そういう場面で政治判断を仰がずに外務省が独断で専門家に任せていたとなれば、外務大臣や総理大臣、あるいは国会からは切り離されて、大変重要な事柄が決定されてしまっていたことになる。これを官僚の暴走と言わずして何と言えようか。
無責任な外務省が重要な仕事を専門家や弁護士に任せてしまい、しかも、本当に重要な場面では政治の判断も仰がない。そして、結果として敗北を期す。
日本国民の手が及ばないところで外交敗北が積み重ねている点で、この構造は北方領土問題や北朝鮮問題とも似ているのかもしれない。
外務省の弁明を聞いた自民党議員も激怒していたようだが、怒りたいのは議員だけではない。国民も大いに怒っている。勝手な仕事で外交敗北を積み重ねる。そんなことはいい加減やめて欲しいところである。