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選挙結果で憲法改正が一気に進むか

 

いよいよ総選挙が始まった。各党党首が街頭に繰り出し、一斉に口火を切った。22日の投票日まで私たち有権者も街角で党首の考えを、候補者の訴えを耳にすることだろう。民主主義にとって選挙は民意を反映させる最大の装置。そういう意味ではこの選挙で各党がどんなビジョンを掲げ、どんな政策を訴えているのか、気になるところだ。

 

 

大きな争点の一つはやはりなんといっても憲法だろう。選挙の結果次第では、憲法改正という議論に一気に火がつく可能性がある。憲法9条に限定しなければ、憲法改正に対して前向きなのは、自民党のほかに、希望の党、日本維新の会。公明党と立憲民主党は検討はしているが、慎重姿勢である。特に立憲民主党は安倍政権下での憲法改正にはノーだ。希望の党の候補者の多くは民進党の現職議員が占めており、小池代表の結党記者会見の時ほどには政党支持率の伸びはなくなっているとはいえ、それでも選挙巧者が多いことを考えると、野党第二党の座を射止めるものと思われる。自民党が大きく議席を減らさない限りは、自民党と希望の党、日本維新の会で2/3を超える可能性は十分ある。

 

 

そうはいっても9条はポイント

 

希望の党も日本維新の会も憲法改正は9条だけではないといいつつも、やはり、9条をどうするかは大きなポイントである。自民党は憲法への自衛隊の明記をはっきりと打ち出した。以前、自民党総裁・安倍晋三氏は9条1項、2項を維持した上で、自衛隊の存在を明記するという私案を示していた。しかし自民党内でも「戦力不保持」を定めた9条2項と矛盾するという声も根強いこともあり、今回の総選挙では自衛隊の明記について具体的な方法については触れていない。

 

 

自民党にスタンスが近いのが希望の党だ。小池代表は「憲法改正は9条だけではない。他にももっとテーマがあり、幅広く議論すべきだ」と主張しているが、民進党が9月28日の衆議院解散と同時に希望の党へ合流する際に、安倍政権下で可決した安保法制への踏み絵を一つの条件としている。

 

 

ご記憶の通り、安保法制は個別的自衛権と集団的自衛権に関わる問題で、今でもこの法律は違憲だという意見の国会議員も数多く存在する。民進党の議員のうち、この踏み絵を踏まなかった、踏めなかった人は安保法制に対憲法かする考え方に相違があったからだろう。そう考えると、安保法制への合意を求めた小池代表の憲法9条に対する考え方は自民党に比較的近いといえよう。

 

 

憲法改正という意味では自民党と同じベクトルを向いているものの、異なるテーマに関心をもっているのが日本維新の会だ。ここは大阪維新の会がベースになっていることもあり、目下の関心は地方分権、教育無償化。自衛隊については触れていない。

 

 

安倍首相の私案は公明党への配慮か

 

慎重派も見てみよう。公明党は9条1項、2項は堅持。その上で憲法の加筆は検討するという立場を取る。安倍首相の私案は公明党を強く意識したものと思われる。公明党の山口那津男代表もラジオ放送で「安倍首相の私案は本来の自民党案と違う。(9条1項、2項を残したまま、自衛隊を明記するという案は)我が党に対する配慮なのだろう」と語っている。この問題については直接、話をしたことがないとも語っており、選挙後に憲法改正を巡って公明党がどういうスタンスを取るかはこの選挙ではまだ見通せない。ただ、過去の特定秘密保護法や安保法制の際の国会の議論を振り返ると、最後は公明党は自民党に足並みを揃えてきたことを考えると、仮に安倍首相の私案である、9条1項、2項を堅持した上で自衛隊を明記する案に公明党が最終的には賛成する可能性は高いのではないか。

 

 

そこまで見越しているからだろう、安倍首相は10月7日に行われた与野党8党首のインターネット番組の党首討論会で希望の党代表の小池氏の「自衛隊明記によって、シビリアンコントロールが弱まるのではないか」という問いに対して、「シビリアンコントロールも憲法に書き込む」と踏み込んだ。小池氏も「憲法改正のテーマは様々あるが、9条の議論は避けて通れないだろう」と足並みを揃えた。

 

 

憲法に自衛隊を明記するという安倍首相の考えは従前の通りだが、今回の選挙でこの点をはっきり打ち出してきたのは、2015年9月に成立した安全保障関連法案(安保法案)が念頭にあるのだろう。今の憲法のままだと、法案が成立したとは「法案そのものが違憲」と言われることを安倍政権は懸念しているものと思われる。それくらい、安倍政権は安保法案を成立させるまでに、ウルトラCを繰り返した。

 

 

 

砂上の楼閣になりかねない綱渡り

 

少し振り返ってみよう。まず安倍政権が手をつけたのは集団的自衛権の政府見解の変更だった。従来の政府見解は集団的自衛権は現行憲法下では認められていないという立場だった。それはある意味当然のことで、9条1項では、「国際紛争の解決のための武力行使」を禁止しており、2項では「戦力の不保持」をうたっている。2項で「戦力を持てない」と規定している以上、9条全体で軍隊や武力行使を禁じているというのが一般的な解釈だ。

 

 

したがって、「直接攻撃を受けている他国を支援し、共同で武力攻撃に対処する」ことが本質である集団的自衛権は現行憲法下では認められていない、というする従来の政府見解はしごく真っ当なものだった。この解釈を閣議決定で安倍政権は変えてしまった。憲法解釈を閣議決定によって変えられるものなのか、という根本の議論はあったが、これよって安保法案の議論の土壌を政権は作ったのだった。

 

 

そして安保法案の議論の中で最も難しい議論になったのが、まさにこの集団的自衛権の部分だった。もう忘れてしまった方も多いかもしれないが、安保法案では6つの事態を想定している。武力攻撃発生事態、武力攻撃切迫事態、武力攻撃予測事態、存立危機事態、重要影響事態、国際平和共同対処事態である。このうち、2015年の法案の議論の際に、新設されたのがうしろの3つ、すなわち、存立危機事態と重要影響事態、国際平和共同対処事態である。重要影響事態と国際平和共同対処事態では武力行使は認めず、他国軍の後方支援のみとし、例外なく事前に国会承認を得ることとした。問題は存立危機事態である。内閣府の資料によると、定義は次の通り。「日本と密接な関係にある他国に武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求権が根底から覆される明白な危機がある事態」。この時には集団的自衛権を行使、武力行使ができるとしたのが安保法案だった。

 

 

日本の存立が脅かされるとはどういう状況なのかを巡っては侃侃諤諤の議論が起きた。安保法案が成立したことで、その後、南スーダンの駆けつけ警護が実際に行われた。こうなってくると、現在の北朝鮮のミサイル問題はどう扱うのか、という問題も出てくる。今年8月、小野寺防衛大臣はグアムに北朝鮮のミサイルが着弾すれば、これは存立危機事態といえるだろうと発言している。

 

 

安保法制の議論の際に、当時、維新の党の共同代表を務めていた江田憲司衆議院議員は、1986年の国際司法裁判所のニカラグア事件判決を例に、日本の集団的自衛権と個別的自衛権の議論がガラパゴスであると主張した。要は世界標準は自国を守る権利が個別的自衛権で、他国を守る権利が集団的自衛権と解釈されること、核・ミサイルの発達により個別的自衛権と集団的自衛権の重なり合う場所が出てきているが、基本的には個別的自衛権で対応できるし、そうべきであるとの主張だった。

 

 

憲法は不磨の大典ではない

 

いずれにせよ、集団的自衛権に関する憲法解釈を閣議決定で変更するというウルトラCを繰り出して、その上に安保法制の議論を敷いた。安倍首相もこれが砂上の楼閣になりかねないことはよく理解しているのだろう。したがって、自衛隊を憲法上明記するという主張へと繋がるのである。

 

 

選挙はまだ始まったばかり。憲法の議論がどう深まっていくのか注視したい。冒頭触れたように、希望の党も今回の民進党の合流劇の中で「安保法制」に対する踏み絵を迫っている以上、基本的には自民党政権と憲法改正については共同歩調を取るものと思われる。この選挙結果で、今後の日本が大きく変わることは間違いなさそうだ。