田中耕一さん以来の企業研究者の受賞
受賞の報に沸き立つ旭化成社内の様子が連日報じられた吉野彰さんのノーベル化学賞受賞。企業研究者としては2002年に同じく化学賞を受賞した島津製作所のシニアフェロー田中耕一さん以来の快挙となった。
受賞理由となったリチウムイオン電池技術において、負極材料の研究成果で吉野さんはリチウムイオン電池の普及に大きな功績を残した。すでに報道でも伝えられている通り、今、私たちが暮らしている生活の中でなくてはならない蓄電池の普及に大きな役割を果たしたわけだ。
日本人のノーベル賞受賞でいつも話題になるのは「基礎研究の重要性」。これまでの受賞者が口を揃えて指摘してきた基礎研究の重要性が果たして見直されているのかといえば、まだまだ現実には程遠い。化学の基礎研究環境というのは実に地道だ。今回、吉野さんがリチウムイオン電池に有用な材料を見出し、実用化への道を開いたことが評価されたわけだが、例えば大学の基礎研究の現場では、反応効率を上昇させるための材料探しから、効率化の方法探しなど、しらみつぶしに時間を投じて研究していくことも数多い。
砂漠の中の一粒を求める基礎研究の苦労
いつ巡り会えるかもしれない最適材料を求める研究の旅は、砂漠の中の一粒を探り当てるようなもの。吉野さんもインタビューで「基礎研究は10個に1個当たればいい」と話しているように、あえて簡単に基礎研究を評すると「正しくないことがわかった」ということの繰り返しでしかない。
しかも、新しい事実が見つかったとしても、実用化できるかどうかもわからないし、全てが産業界で日の目をみるわけではない。例えば光触媒も、使用する白金が高価だったり、産業用途としては一部コスト面での課題も残る。水素貯蔵に実用化が期待される金属錯体関連の技術も、実用化までに乗り越えなければならないハードルは数多い。基礎研究のその先の実用化に至るまでには相当の年月が必要だ。その分、ヒト、モノ、カネのリソースが必要になる。しかし、リソースを確保するための予算が割り振られない。
昨今の研究環境はどうしても実用化ばかりが求められ、今回ノーベル化学賞を受賞したリチウムイオン電池のように、30年先のイノベーションを下支えする基本的な研究には投じられにくい。一見すると無駄とも受け取られそうな研究にも資金が投じられ、多様な研究者が育つ研究土壌をぜひ育てたい。特に若手研究者は、実績を残すために、すぐに成果が出るようなテーマに偏りがちだ。流行りの研究ばかりでは、日本の科学技術全体の裾野は広がらない。
次世代EVに使用される蓄電池の世界標準を日本が作る
一方で、国が旗を振り大規模なプロジェクトが進行してもいる。今回の蓄電池技術でいえば、京都大学と産総研が中心となり実施しているNEDOの「革新型蓄電池実用化促進基盤技術開発」(RISING2)がある。このプロジェクトは、現在蓄電池技術の主流であるリチウムイオン電池に取って代わる、ガソリン車並みの走行性能を有する電気自動車などを実現するための高効率蓄電池を国を挙げて実現しようとするものだ。プロジェクトには公的研究機関と大学のほか、自動車メーカーなども参画して研究が進められている。
現在の車載用蓄電池のリチウムイオン電池は、航続距離が120~200kmだが、これを500kmまで伸ばそうというものだ。2030年に実用化を目指し、官民が手を携えて研究が進められている。アメリカやEUなどが国や地域を挙げて取り組む課題でもあり、日本も次世代の蓄電池技術において先頭に立つべく世界中の研究者がしのぎを削っている。
こうした取り組み自体はあるものの、これも具体的なゴールがあってのものであり、多様な基礎研究の場が確保されているということではないの実情がある。
女性研究者比率の向上など政策分野の充実に期待したい
ミクロの視点でも研究環境は世界、特に欧米に比べて未整備の部分も多い。例えば女性研究者の割合は、アメリカやイギリスで30%を超えているのに対して、日本はわずか15%程度にとどまる。さらに出産育児などのライフイベントにも十分に対応できるているわけではない。
科学技術政策というのは、分野の性質上、どうしても即効性を望めないため、政策策定には中長期的な視点が不可欠だ。それでも長い目でにこの国を成長させるためには、時の政権が自ら政権の座にあることだけを目的とせずに、日本全体の国力底上げを目的に政策を作り上げてもらいたい。リサーチユニバーシティの増強や国際的な研究拠点の充実など、未来の日本のために投じられる手立てはまだまだある。企業が大学と連携する投資の控除率をさらに高め、産業界から大学への研究費の拠出割合を増やしていくことも重要だ。
今回の吉野さんの受賞が、この国の科学技術環境をさらに整備していく契機になることを期待したい。