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九州新幹線長崎ルートの行方 ―自民党国会議員同士の暗闘再び?―

 

 

 

政治家による「我田引鉄」

 

 「我田引水」をもじって「我田引鉄」。鉄道路線の敷設にあたって地元住民や政治家が介入することを指す。特に政治家の介入により経路が捻じ曲げられたとされる例がまことしやかに語られる。とりわけ、各新幹線のルート上には、そういう「逸話」が語られる場所が多くある。


 地元有権者に向けて「わがまちに新幹線の駅を開設しました」というのはアピール材料になるため、新幹線が開設される際には、水面下で様々な政治家が暗躍すると言われているのである。

 

 

九州新幹線長崎ルートの未着工区間

 

 整備が検討されている九州新幹線長崎ルートの新鳥栖駅から武雄温泉駅間について、動きがあった。与党の検討委員会が全線フル規格とミニ新幹線の二択に絞ったのだ。


 既に九州新幹線長崎ルートのうち、上記以外の長崎駅から武雄温泉駅間は着工しており、2022年の開業が目指されている。しかし、新鳥栖駅から武雄温泉駅間では、当初、フリーゲージトレインの採用が検討され、それが挫折するという経過をたどっており、整備方式が未定であった。そこに、今回、与党の検討委員会で動きがあったのである。

 

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 フル規格というのは、現在走行している新幹線をそのまま走らせる方式であり、基本的には、線路の新規建設が必要となる。


 対して、ミニ新幹線とは、フル規格の線路を新規に建設せずに、既存の在来線を改軌して、その上で新幹線路線が直通運転可能とする方式である。山形新幹線や秋田新幹線で既に採用されているため、それらに乗車経験があれば、途中から新幹線が在来線上を走行し始めるという経験をしたことがあるだろう。この方式が採用された路線は、全国新幹線鉄道整備法の定義では在来線のままであって、厳密に言うと新幹線ではない。

 

 九州新幹線長崎ルートの沿線のうち長崎県や長崎県内の沿線市は全線フルを要望している。対して、佐賀県内の自治体はそれぞれ微妙にスタンスが異なる。それは、それらの自治体における首長選挙や議会議員選挙に一定の影響を与えており、争点のひとつとなる。

 

 一見したところ、フル規格でもミニ新幹線でも、どちらでも良さそうなものだが、実際には大きな違いがある。

 

 

フル規格の新幹線の実現は並行在来線問題とセット

 

 まったくJRの路線がないところに新幹線を通すのであれば別であるが、そうでなければ、新幹線と並行する区間には既に在来線が存在している。


 フル規格の新幹線が実現した暁には、JRが新幹線に加えて並行する在来線を経営することは過重な負担となる場合がある。このため、1973年に整備計画が決定された北海道新幹線・東北新幹線・北陸新幹線・九州新幹線については、沿線全ての道府県と市町村から同意を得た上という制限はつくが、新幹線開業時に並行する在来線の経営をJRから分離することができることとされた。そして、実際に並行する在来線は第三セクター鉄道に転換されるか、廃止されるかの道をたどっている。

 

 フル規格に賛同しない自治体が佐賀県内にはあるのは、JR佐世保線(佐世保-肥前山口)の一部が並行在来線とされる可能性があるからである。並行在来線問題のあおりを受けるくらいであれば、フル規格は望まないという思いがあるのだ。特に、佐世保線を通り博多駅までつながる特急が運行されなくなる可能性もあり、佐賀県内の利用者にとってみると、かえって不便になるかもしれないのだ。


 この問題は佐世保市にも関係するため、フル規格要望で一致していた長崎県内でも、北の佐世保市と南の長崎市で意見を異にする可能性も出てきた。

 

 

「我田引鉄」再び?

 

 与党の検討委員会で全線フル規格とミニ新幹線の二択に絞られたとしたが、結論までにはまだ長い道のりがある。どちらかを採れば、どちらかは捨てるという判断が求められ、それぞれ背後には各地域選出の国会議員の思惑、沿線自治体の首長や議会議員の思惑、住民の意向が複雑に絡み合うからだ。


 とりわけ、九州新幹線は既に開通している鹿児島ルートの現状を見れば明らかなように、他の新幹線ほどの乗車率は望むべくもない。

 

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 そこで、議論の過程では、九州新幹線長崎ルートのあり方それ自体も問われないとも限らない。そうなった時には、長崎や佐賀選出の国会議員は黙っていないだろう。「我田引鉄」再びとばかりに攻勢をかけるはずである。


 整備新幹線の費用の一部は国が負担する。つまり、新幹線が開通する地域だけに完結するのではなく、全国民の税金が投入される事業となるのである。言い換えれば、政治家が税金を使って自らの選挙区に大型の事業を引っ張って来るという典型例になりかねない事業なのだ。特に国会議員は自身の力を誇示すべく、選挙区の意向を実現するために暗躍することになるだろう。


 自民党国会議員を中心に、おそらく野党の長崎県や佐賀県選出の国会議員も巻き込んで、水面下の駆け引きが繰り広げられることだろう。それは、なかなか表には出て来ないであろうが、「我田引鉄」再びとなるのかどうか、その動向を注視していきたい。