2018年の国会では
昨年の国会でも、安倍総理は圧力を基調とすることを強調していた。まずは、1月25日の参議院本会議における施政方針演説に対する自民党の吉田博美議員の質問に答えて。
「北朝鮮が非核化の約束をほごにしてこれまで核・ミサイル開発を進めてきた経緯を踏まえれば、北朝鮮とは対話のための対話では意味がありません。北朝鮮に、完全、検証可能かつ不可逆的な方法で核・ミサイル計画を放棄させるため、安保理決議の完全な履行を始め、あらゆる方法で圧力を最大限に高めてまいります。」
1月26日、参議院本会議にて、日本共産党の小池晃議員の質問に答えて。
「平昌五輪の成功に向けて、最近、南北間で対話が行われていることは評価しますが、北朝鮮が、一九九四年の枠組み合意、二〇〇五年の六者会合共同声明を時間稼ぎの口実に使い、核・ミサイル開発を進めてきたことの反省を踏まえれば、北朝鮮とは対話のための対話では意味がありません。
北朝鮮に、完全、検証可能かつ不可逆的な方法で核・ミサイル計画を放棄させるため、あらゆる手段を使って北朝鮮に対する圧力を最大限にし、北朝鮮の方から、政策を変更するので対話してほしいと言ってくる状況をつくっていくことが必要です。」
同じく 1月26日、参議院本会議にて、民進党(当時)の藤田幸久議員の質問に答えて。
「北朝鮮を抑止する上での手のうちを明らかにすることはできませんが、昨年十一月のトランプ大統領訪日の際には、十分な時間を掛けて北朝鮮情勢を分析し、今後の方策について完全に意見の一致を見ました。
北朝鮮が暴発するかもしれないとの議論もありますが、これに乗ること自体、北朝鮮の交渉力を高めてしまうことになります。
日米間では、南北対話を受けた対応を含む対北朝鮮政策について緊密なすり合わせを行ってきており、引き続き日米両国は北朝鮮問題に関し一〇〇%共にあります。」
2月2日、衆議院予算委員会にて、自民党の岸田文雄議員の質問に答えて。
「あらゆる手段を使って北朝鮮に対する圧力を最大限にまで高め、北朝鮮の方から政策を変更するので対話してほしいと言ってくる状況をつくっていく。それを通じ、核・ミサイル問題、そして何よりも重要な拉致問題の解決に向けて全力を尽くしていきたい、このように考えております。」
この段階では、圧力を強め、さらにはアメリカとも協調して北朝鮮問題にあたると言うのが安倍総理の基本姿勢だった。
2月13日、衆議院予算委員会にて、自民党の柴山昌彦議員の質問に答えて。
「北朝鮮問題について、私から文大統領に、対話のための対話には意味がないことをはっきりと伝えました。北朝鮮にその政策を変更させ、北朝鮮の側から対話を求めてくるよう、日韓米の緊密な連携のもと、圧力を最大限まで高めていくことで一致をいたしました。」
アメリカだけではなく、韓国にも安倍総理は「対話のための対話には意味がない」と伝えていたというのである。
ただし、米朝の首脳会談の開催が表明される事態になると、安倍総理の発言に変化が見られるようになる。
3月26日、参議院予算委員会にて、日本共産党の井上哲士議員の質問に答えて。
「まず最初に、私は、北朝鮮の問題の解決のために圧力一辺倒で対話を否定したことはないわけでありまして、非核化を前提に北朝鮮から対話を求めてくる状況をつくる、そのためには圧力を掛け、抜け道は許さない、こう申し上げたわけでございますが、だからこそ北朝鮮の側から対話を求めてきたと、このように考えております。」
3月28日、参議院予算委員会にて、公明党の三浦信祐議員の質問に答えて。
「今回、北朝鮮の側から対話を求めてきたわけであります。その中において、南北の首脳会談、そして米朝の首脳会談が行われ、その前に今回中朝の首脳会談が行われたということが明らかになってきた、言わば報道で我々も承知をするに至ったわけでございますが、まさにこの変化は、中国やロシアも含めて、確固たる決意で北朝鮮に臨み、圧力を最大限まで高め、そして抜け道は許さないという、これは我が国の基本的な方針でありますが、これを国際社会の方針にするために日本はリーダーシップを取ってきた結果、北朝鮮の側から話合いを求めてきているという状況だろうと、このように思います。
大切なことは、話合いのための話合いではなくて、核兵器、またミサイルについてもそうでありますが、完全、検証可能、そして不可逆的な形で廃棄をしていく、北朝鮮がしていくことが大切であろうと、それに向かって具体的な行動を取らない限り制裁は維持しなければならないと、このように考えております。そして、国際社会が今後とも一致結束して、しっかりと我々取り組んでいきたいと、このように考えております。」
なかなかの牽強付会だが、日本が圧力をかけたから、北朝鮮はアメリカに対話を求めてきたというのである。
ただし、この段階でも、安倍総理は「対話のための対話には意味がない」という姿勢を崩していない。それは次の答弁を見ても明らかである。
4月9日、参議院決算委員会にて、自民党の滝沢求議員の質問に答えて。
「北朝鮮とは、過去の教訓を踏まえれば、対話のための対話では意味がありません。北朝鮮が対話に応じるだけで制裁解除や支援などの対価を与えてはなりません。この基本的な考え方を南北首脳会談が行われる前に、米朝首脳会談が行われる前にしっかりと確認をしたいと思っております。北朝鮮が非核化にコミットし、それに向けた具体的な行動を取るよう、北朝鮮による完全、検証可能かつ不可逆的な方法での核、ミサイルの廃棄の実現に向け、最大限の圧力を維持していかなければなりません。最重要課題である拉致問題についても、来る米朝首脳会談において取り上げられるよう、トランプ大統領に改めて直接要請する考えであります。」
トランプ大統領との安倍総理の会談の報告は、4月26日の衆議院予算委員会にて行われている。安倍総理の報告の一部は以下の通り。
「最近、北朝鮮の側から対話を求めてきていることは、日米韓三カ国が緊密に協力し、中国、ロシアなど国際社会とも連携して、北朝鮮に最大限の圧力をかけてきた成果です。
最大限の圧力を維持し、北朝鮮に対し、実際に非核化に向けた具体的行動をとるように求めていく、こうした確固たる方針をトランプ大統領との間で改めて完全に共有しました。」
「日米両国は、北朝鮮に対し、完全、検証可能かつ不可逆的な方法で核兵器を含む全ての大量破壊兵器及びあらゆる弾道ミサイルの廃棄を求めていく。対話に応じることのみをもって北朝鮮に見返りを与えるべきではないとの方針を国際社会と堅持する必要があることについても、トランプ大統領と確認しました。」
この日の審議では、公明党の濱村進議員からの質問に安倍総理は次のように答えている。
「昨年の総選挙を通じて、私からは、北朝鮮にしっかりと国際社会と連携をして圧力をかけて、北朝鮮の側から対話を求めてくる、そういう状況をつくっていくことが大切である、このように申し上げてきたところでありまして、これは与党での基本的な方針でもあった、このように思います。
その結果、北朝鮮から現在対話を求めてきておりますが、それは、日米韓三カ国が緊密に連携をし、中国、ロシアなど国際社会とも連携して北朝鮮に最大限の圧力をかけてきた成果であったと思います。それは、トランプ大統領ともこの認識を共有いたしました。
しかし、過去の教訓を踏まえれば、対話に応じることのみをもって北朝鮮に見返りを与えるべきではないとの方針を国際社会として堅持する必要があります。そして、最大限の圧力を維持し、北朝鮮に対し、具体的行動をとるように求めていかなければなりません。この点についても、トランプ大統領、さらには、一昨日電話で会談をいたしました文在寅大統領とも完全に一致をしたところであります。」
「過去の教訓を踏まえれば、対話に応じることのみをもって北朝鮮に見返りを与えるべきではないとの方針を国際社会として堅持する必要があります」という安倍総理の力強い答弁はここでも維持されている。
風向きは2018年10月頃か
2018年10月29日、衆議院本会議にて、自民党の稲田朋美議員の質問に答えて。
「北朝鮮問題については、六月の歴史的な米朝首脳会談によって、北朝鮮をめぐる情勢は大きく動き出しています。この流れにさらなる弾みをつけ、日米、日米韓の結束のもと、国際社会と連携しながら、朝鮮半島の完全な非核化を目指します。
次は、私自身が金正恩委員長と向き合わなければなりません。最重要課題である拉致問題について、御家族も御高齢となる中、一日も早い解決に向け、あらゆるチャンスを逃さないとの決意で臨みます。相互不信の殻を破り、拉致、核、ミサイルの問題を解決し、不幸な過去を清算して、北朝鮮との国交正常化を目指してまいります。」
ここで、安倍総理は「対話のための対話には意味がない」というフレーズを封印する。
そして迎えた2019年1月28日の衆議院本会議における安倍総理の施政方針演説。ここで、今回の大きな方針転換を示唆する言葉回しがなされることになる。
「北朝鮮の核、ミサイル、そして最も重要な拉致問題の解決に向けて、相互不信の殻を破り、次は私自身が金正恩委員長と直接向き合い、あらゆるチャンスを逃すことなく、果断に行動いたします。北朝鮮との不幸な過去を清算し、国交正常化を目指します。そのために、米国や韓国をはじめ国際社会と緊密に連携してまいります。」
ここには、「圧力」の文字も、「対話のための対話には意味がない」の言葉もない。それは、施政方針演説に対する質問に答える安倍総理の口からも発せられない。
1月30日、衆議院本会議にて、自民党の二階俊博議員の質問に答えて。
「北朝鮮の核、ミサイル、そして最も重要な拉致問題の解決に向けて、相互不信の殻を破り、次は私自身が金正恩委員長と直接向き合い、あらゆるチャンスを逃すことなく、果断に行動いたします。北朝鮮との不幸な過去を清算し、国交正常化を目指します。そのために、米国や韓国を始め国際社会と緊密に連携してまいります。」
このあたりに、今回の無条件での対話への方針転換の気配を見て取ることが出来るだろう。
3月4日の参議院予算委員会にて、自民党の堀井巌議員の質問に答えて。
「これ、当然、言わば拉致問題というのは日本と北朝鮮との間の問題でありますから、日朝で話をしなければ解決には至らないと、こう考えておりますので、言わば日朝の首脳間の対話に結び付けていきたいと、こう考えている次第でございます。
どういう中身かということについては、詳細については申し上げることができないわけでございますが、拉致被害者の御家族の皆様には、またこの後ですね、機会がうまく合えば少しお話をさせていただきたいと、このように考えております。」
ここに至っては、もはや対話をするのが大前提であるかのような口ぶりである。
こうして見て来ると、米朝首脳会談が実現したあたりから、徐々に安倍総理の姿勢が変化してきたことが分かる。圧力にかけた重心を徐々に弱めている。そんな印象を持たざるを得ない。
もちろん、その方針転換が外交環境の変化への対応ということであれば、それだけをもって責められるべき事柄ではないが、これまで圧力を強調し、「対話のための対話には意味がない」と日本国民に向けて発信していた自身の言葉を反故にするような振る舞いについては、最低限の説明責任が伴うはずだ。
菅官房長官は方針転換ではないと話しているが、これは明らかな方針転換だ。国会での安倍総理の発言を見ると既に2019年に入ってからは兆しがあったわけだが、今回、これまでの国会での発言とは異なる行動をしようとしている以上、それは方針転換である。北朝鮮との対話を歓迎する声も大きいようだが、安倍総理の口から、これまでの国会での発言との整合性について、明確な説明が求められるところである。
それが出来ないのであれば、この数年間、安倍総理は北朝鮮問題に関して国会でまったくもって虚しい発言を繰り返していたことになってしまう。