霞が関から見た永田町

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森林環境税で問われる地方自治

 

年末になってにわかに話題として浮上した森林環境税。国会でも厳しい議論になるだろうが、ツッコミどころが満載である。

 

そもそも森林環境税の議論は森林吸収源対策に端を発する。これは京都議定書に源流があって、要はCOP21に向けた2020年以降の温室効果ガス削減目標の設定を視野に入れている。2015年12月に発表された自民党・公明党の与党税制改正大綱には、「バイオスマエネルギーの利用促進や木材のマテリアル利用促進、そこに向けた技術開発や調査の充実」などが掲げられている。

 

 

 

 

森林政策の評価なしに徴税?

 

なるほど、一見、もっともである。しかし、同じ大綱の中には、こうも書かれている。「森林現場には、森林所有者の特定困難や担い手の不足といった、林業・山村の疲弊により長年にわたり積み重ねられてきた根本的な課題があり、こうした課題を克服する必要がある」。日本の林業をめぐる状況は厳しいのは確かだが、それは森林管理の難しさの現れでもある。

 

 

現在、日本は国土の6割が森林で、天然林と人工林の比率は6対4。そして人工林のほとんどは戦後、政策的に整備されてきた。森林を整備し、ちょうど樹木が成長するころには、海外輸入木材の台頭、木造家屋の減少などと相まって、今、人工林が岐路に立っているわけだ。

 

 

今や日本人の国民病といってもいい花粉症も、元凶は何かと言えば、人工林を整備する際に杉を植えたことにある。木材は将来、経済になるという考えに立脚した政策だったわけだが、結果的には市場の変化と相まって、需要は見込めず、今の現状である。もちろん、現状を放ったらかしにしておいていいわけではないので、何らかの対策が必要だが、だからといって、それをすぐに「税で」というのは議論のあり方として早急と言わざるを得ない。

 

 

徴税ではなく予算の見直しが先

 

2017年4月を皮切りに、総務省では「森林吸収源対策税制に関する研究会」を7回開催し、11月には報告書を発表している。年末になってにわかに浮上した森林環境税はこの報告書を受けての報道だ。

 

 

今の日本の国家財政を考えたときに、まずは予算の見直しによる財源の組み替えがやるべきことだろう。現在、検討されている案によると森林環境税は、市民税、県民税の均等割を使ってそれぞれ500円ずつ上乗せして、納税者一人あたり年額1000円を徴収するもので、その額は600億円となる。

 

 

既に森林税を徴収している自治体はどう扱う?

 

さて、ここで注目したいのは、すでに類似の目的で税を徴収し、事業を実施している地方自治体が数多く存在する点である。課税自主権を活用し、森林環境、水源環境の保全を目的にした超過課税を行なっている都道府県は38.9億円の税収を集めている神奈川県を筆頭に、兵庫県(24.5億円)、愛知県(22.4億円)、茨城県(17.5億円)と全国に37の府県が存在する。基礎自治体でも横浜市が同様の課税を行なっており、26.3億円の税収となっている。

 

 

横浜市はその都市の歴史から市街化区域と市街化調整区域をしっかりと線引きし、開発抑制を図りながら、都市を成長させてきた都市計画の歴史があり、政令指定都市でありながら、緑地の多い都市として知られている。緑地政策への理解が進んでいる自治体といってもよい横浜市でさえ、緑地保全のための課税の議論が出た際には、既に神奈川県に対して払っている水源税とのダブりについては、相当厳しい市民意見が飛び交ったという。

 

 

仮に森林環境税がそのまま導入されると、横浜市民の場合は、市、県、国にそれぞれ同じような税金を払うことになり、すんなり住民合意が得られると思えない。もちろん、横浜の事例は極端かもしれないが、既に全国で37府県と横浜市で森林環境税と同様の目的で、類似の税金が課税されている中で、新しく税を徴収されることに有権者が理解を示すかどうかは大きなポイントになるだろう。

 

37府県と横浜市が現在、実施している超過課税の税収は約300億円だが、こうした自治体の扱いをどうするかは非常にシビアな問題になるだろう。超過課税を取られている自治体は分かりやすいが、そうでなくとも都市部の有権者から理解されるかも分からない。

 

少し古い資料になるが、総務省によると2005年時点で国土の51.9%は無居住となっている。国土に占める森林の割合が60%であることを考えると、特段不思議ではない数字だが、これが今後、65%程度にまで広がるとされている。分かりやすくいえば、現在、人が住んでいるエリアの20%が今後、無居住エリアに変貌していく、ということだ。これが日本のリアルである。

 

 

森林環境税で問われるのは地方分権の本気度

 

世界的にも都市の時代と言われ、人は都市へ、都市へと移動しており、この流れが変わることはまずないだろう。こういう状況にあって、都市に住む人々にとって森林の恩恵を直接感じにくい人たちに森林環境税の必要性を理解してもらうのは簡単なことではない。念のため断っておくが、都市生活者が森林の恩恵を被っていない、ということを言いたいわけではない。日々の上水、都市農業、河川の潤いなど、それはすべての森林あっての営みであり、都市生活者がそれを肌で感じにくいだけの話だ。

 

 

その恩恵を理解しにくい有権者に対して、税の導入を理解してもらうのは簡単なことではないのは確かだろう。ましてや、既に超過課税を実施している自治体で暮らす市民にとっては、「なんで、また同じような税金を取られないといけないのだ?」と言いたくなるのは当然のことである。

 

 

そうなってくると、37府県と横浜市が一旦、現在の徴税をなくして、森林環境税に一本化するというのも手かもしれないが、この方法だと、これまで地方自治の旗を振ってきた総務省としては自己矛盾してしまう。研究会を開催し、ここまで議論を重ねてきた以上、国会で議論が進んでいくのだろうが、総務省は非常に難しい役割を担ってしまったと言わざるを得ない。