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女性初の防衛大臣を務めた小池氏、在任期間の情報へのこだわり

 

 もう10年も前の話である。「原爆しょうがない」発言によって大臣辞任に追い込まれた久間章生氏の後任として、2007年7月3日、防衛大臣に就任したのが小池百合子氏だった。明治以降、近代軍政史上、初めての女性トップ誕生の瞬間だった。

 


 今日に繋がる小池百合子氏の「情報公開」へのこだわりは、防衛大臣就任時にもよく表れていた。小池防衛大臣の着任訓示では、大臣として取り組む5つの重要課題が示された。その一つが「情報公開」だった。

 

 訓示には次のように書かれていた。「防衛省、自衛隊の情報保全体制の強化に取り組む。国の防衛を司る組織として、厳格な情報管理が必要であるにもかかわらず、今年も海上自衛隊の情報持ち出し事案や、インターネットを通じた情報流出事案などが続発していることは極めて残念だ。国の防衛という任務を全うするためにも、情報保全体制の強化は喫緊の課題である」。大臣が情報保全のあり方に明確な意思を示したことの影響は大きく、その後の訪米における米国の対応に顕著に現れた。

  

イージス艦情報漏洩という国難

 その話に触れる前に、少し、当時の状況を振り返っておきたい。小池氏が防衛大臣に抜擢されたころ、イージス艦の情報漏洩問題がメディアを賑わしていた。ことの発端は意外なところからだった。2007年1月、ひとりの中国人女性が入管難民法違反容疑で神奈川県警に逮捕された。この女性は護衛艦「しらね」の乗組員である2等海曹の妻だったのだが、家宅捜査を行なったところ、秘密の疑いのある情報を記録したハードディスクが発見されたのだった。

 

 このニュースはまたたくまにメディアに報道されるところとなった。流出した情報はイージス資料と呼ばれ、イージス艦のシステムのプログラムの作成など、新着任者向けの教育目的の資料だった。教育目的とはいえ、敵味方の自動識別や、戦術の一元管理など、イージス艦のシステムの根幹に関わるものばかりで、日本よりも大量にイージス艦を保有するアメリカにとっても、まさに国家に関わる重要機密でもあった。しかも2等海曹の妻は、少なくとも2回は日本に不正入国していると公安当局は認識していた。イージス艦のシステム情報は当然、中国も喉から手が出るほどほしい情報であり、当時、この外国人妻の「スパイ説」まで出たほどだった。

 

 その後の半年以上にわたる調査の結果、自衛隊外への流出は確認されなかったものの、「イージスシステムに係る秘密情報が外部流出のおそれも否定できない状況になっていたことは極めて重要な問題であり、日米安全保障体制や関係国との関係にも影響を及ぼしかねない」ものだった。

防衛省・自衛隊:海上自衛隊における特別防衛秘密流出事件について

  

情報への感度の高さがアメリカの信頼獲得に

 小池氏が防衛大臣に着任したのは、まさにそんな時だった。2007年7月28日に、防衛大臣の下に各自衛隊の統合部隊として、「情報保全隊本部」を設置する方針を固めた。防衛省で相次ぐ情報流出にアメリカが懸念を示したことも相まって、情報収集・保全体制を整えるためだった。

 

 漏洩事件そのものは前任者の久間大臣時代に発生、発覚したものだったが、小池氏は大臣就任早々、この問題に徹底して取り組む姿勢を明確に表明したことは内外に大きく評価された。小池大臣は8月に訪米し、情報保全隊本部の設置とその狙いなどをロバート・ゲーツ米国防長官と会談している。この訪米ではチェイニー副大統領やライス国務長官、ハドリー大統領補佐官など、米国政府要人との会談が次々とセットされた。前任の久間大臣には考えられない対応だった。久間大臣は就任以来、米国防長官と差しでの会談ができない状況が続いていた。その理由はイラク戦争や在日米軍再編に関する大臣発言が問題視されていたことに加えて、なんといっても大きかったのは、情報漏洩に対する米軍サイドの不快感が大きな原因だとされていた。

 

 小池氏は着任訓示で早々に情報保全の重要性を説き、その体制を作り上げた。初訪米で、米国政府の要人と次々と会うことができたのは、米国サイドの不安を払拭する、具体的な形を作り上げたからだろう。

 

 組織はトップ、上層部次第でいかようにも変わる。もうお忘れの方も多いかもしれないが、当時、防衛省は2007年1月に「庁」から「省」へ昇格したばかり。その行政トップである事務次官に君臨していたのが守屋武昌氏だった。防衛庁時代を含めて、異例ともいえる4年の在任期間をほこっており、「防衛省の天皇」とさえ呼ばれていた。小池氏は守屋氏が必要な情報を政治家に上げないことに不信感を覚えていたと言われている。

 

10年経ってもなお色褪せない初の女性防衛大臣

 小池氏と守屋氏の関係には伏線があった。2003年11月に発足した第二次小泉内閣で小池氏は環境大臣と合わせて、内閣府特命担当大臣を兼務していた。特命担当大臣の任務は「沖縄及び北方対策」だ。このころ、沖縄では普天間移設問題で大きく揺れていたこともあり、小池氏は防衛庁の事務次官であった守屋氏と情報を出す、出さないで鞘当てがあったとされている。

 

 特命担当大臣のときに小池氏が感じた防衛省の情報隠蔽体質への違和感は、イージス艦情報漏洩事件での同省の対応で、さらに強くしたことだろう。もっとも、それは当時の防衛省のトップが「天皇」と呼ばれるほどの影響をもっていたことも無関係ではない。組織が硬直化し、守屋氏に意見を言う部下もいなくなっていた。そういう組織が大臣に必要な情報を過不足なく上げることができるか、と問われれば、答えは「ノー」である。保全すべき情報はしっかりと保全し、国民に向けて明らかにすべき事実は明らかにするという仕組みをつくれたとしても、最後は仕組みを運用する人に左右される。4年にわたる長期政権を作り上げていた防衛省の守屋体制こそ、小池氏にとってみれば、もっともメスを入れるべき存在だった。

 

 こうした背景があってのことだろう、防衛省の風通しをよくするために小池氏は守屋氏の更迭を決意した。前述した情報保全隊本部の設置に伴う訪米で日本を離れる8月7日の毎日新聞朝刊に「9月1日付で防衛省事務次官の守屋氏が退任」というスクープが載ったのである。もちろん、このニュースの出処は小池大臣以外に考えられなかった。事務次官人事が1ヶ月も早く表に出ることが異例であり、実質的な解任とこの時、世間は受け取った。

 

 もっとも、その後、防衛省をめぐる人事抗争は自民党上層部も巻き込みながら、最後は痛み分けという形に落ち着いた。「情報保全の体制を作ったが、一方で、久間大臣時代に発生したイージス艦情報漏洩事件の責任を取る」として8月24日、防衛大臣を退任する意向を発表した。小池氏の防衛大臣の任期はわずか55日だったが、国防という最高機密情報をいかに保全するか、そのための体制を整えた点は評価すべきだろう。それもあってか、2016年に大ヒットした映画「シン・ゴジラ」に小池氏は協力を要請され手伝っており、映画に登場する女性防衛大臣・花森麗子は小池百合子氏がモデルだとされている。在任期間はわずか55日だったかもしれないが、小池氏が女性初の防衛大臣に就任したインパクト、そして、その短い期間で情報に関する組織体制を整えたことは10年経ってもなお、色褪せないのだろう。