霞が関から見た永田町

霞が関と永田町に関係する情報を、霞が関の視点で収集して発信しています。

そろそろ国政選挙で道州制を真剣に問うべき時ではないか

 

 ここ10年の政治を振り返ったときに、日本を大きく動かしてきた政策テーマの1つが「地方分権」だ。今回の衆議院選挙でも、各党を比較する際に一つの指標になるかもしれない。今なぜ地方分権なのかといえば、今の日本が少子化・高齢化と、それに伴う人口減少社会に突入し、東京一極集中の弊害がそこかしかに出ているからに他ならない。三大都市圏で見ても、大阪の地盤沈下は著しい。

 

 

2010年に名古屋で減税日本、大阪で大阪維新の会という、地方分権をテーマに掲げた政党が立ち上がったのは、決して偶然ではない。減税日本は市民税の10%恒久減税や地域委員会制度の導入をうたい、大阪維新の会は大阪都構想の実現を目指し、2011年の統一地方選挙では一大ブームも巻き起こしたが、地方分権の議論が煮詰まったとは言えない状況にある。

 

 

本ブログでは、これまでの地方分権をめぐる動きを振り返りつつ、これからのあるべき姿を俯瞰したいと思う。

 

 

 

20年前から遡上に乗っている地方分権

1995年に地方分権推進法が成立し、1999年には地方分権一括法が制定され、機関委任事務が廃止されるなど、日本の地方自治が大きく変わった時代だった。95年の地方分権推進法を受けて地方分権推進委員会が発足し、2001年の最終報告では次のようなまとめを示した。「旧来の中央集権型行政システムが、変動する国際社会への対応、東京の一極集中の是正、個性豊かな地域社会の形成、高齢化社会・少子化社会への対応など新しい時代の諸課題に迅速・的確に対応する能力を失ってきている」。

 

 

この最終報告から15年以上が経過してもなお、ここで示された状況から何も変わっていないことに愕然とするが、冒頭に触れたように何もなかったわけでない。2010年に大阪維新の会、減税日本と相次いで地域政党が立ち上がり、この2つの地域政党が地方分権をテーマに掲げたのは決して偶然ではない。

 

 

かつてのように日本全体が一律、同じように発展する時代ではなくなった。地方分権は待ったなしなのだが、残念ながらこのテーマは有権者には少し難しいテーマでもある。だから、大阪維新の会も、減税日本も時代の先端を行く政策を掲げながらも、有権者に訴える手法としては既得権という敵をつくって、その敵を徹底的に叩くという見せ方を取った。こうした手法はテレビ映えもするし、視聴率も出やすいこともあって、当時は大阪、名古屋のニュースが連日、キー局のワイドショーを独り占めしていた。

 

 

問題はこういう手法は長続きしないという点にある。2011年の統一地方選挙で大阪維新の会も減税日本にも大躍進したが、急激な成長を急いだせいか質の低い議員を数多く誕生させてしまい、彼らの失言やスキャンダルによって減税日本はあっという間に力を削がれていった。ワイドショーを通じて期待値が高くなり過ぎたがゆえに、反動が大きかったわけだ。

 

 

生き残りのため地方分権に必死な大阪

その点、大阪維新の会は本当に惜しかった。2015年5月、住民投票まで漕ぎ着けたのは立派だった。統一地方選挙が終わって1ヶ月後、まだ選挙疲れも残っているであろう、その時期に大阪中を巻き込んだ住民投票が行われたのは、みなさんも記憶にあるだろう。

 

結果は賛成69万4844票、反対70万5585票、その差はわずかに1万741票だった。経済的に豊かな大阪市北部では賛成派が上回り、様々な地域課題を抱えているとされる南部では反対が優勢だった。まさに大阪が置かれている状況が如実に現れたが、その結果を受けて橋下徹大阪市長は「これだけ大阪市民を巻き込んだ結果を重く受け取る。任期満了を迎える12月をもって政治家を辞める」とコメントした。

 

その後の大阪都構想がどうなったか、知る者は少ない。理由は簡単だ。稀代のトリックスターともいうべき橋下徹という政治家が表舞台から消えたからだ。ただ、それだけ。ただそれだけの理由でワイドショーはこの運動を取り上げなくなり、いつしか人の記憶から消え去っている。

 

しかし、実は大阪都構想はまだちゃんと動いているのである。2015年の住民投票の結果を受けて、大阪維新の会は一旦、手を引き、その主導権を自民党に譲った。大阪における地域内分権、そして広く日本を見渡したときの地方分権の議論は大事という認識は共有していたため、自民党主導で大阪戦略調整会議が設けられた。

 

残念ながら、この調整会議は実質的な協議に入ることなく、事実上破綻した。自民党がこの会議をまとめられなかったからだ。自民党の地方分権に対する理解と熱意がその程度だった、ということかもしれない。

 

自民党では地方分権の議論をリードすることも、まとめることもできないことが白日の下にさらされ、今はもう一度、大阪維新の会が主導する形で、2017年5月、第二次定協議会の設置議案が賛成多数で決まった。この議決に際して、大阪維新の会はもちろんのこと、2015年の住民投票で大阪都構想に反対に立場に回っていた公明党も賛成に回っている点は注目すべきだろう。

 

キー局や全国紙は報道しなくなったが、今でも大阪では都構想の議論が続いている点は今後の地方分権の議論において一筋の光明だ。とかく政治家はテレビ、なかんずく視聴率を意識して行動する人が多い。そんな中、注目されなくなっても、大阪府と大阪市の二重行政を解消し、大阪をもう一度、経済の中心地にしていこう、東京と大阪を2つのエンジンとして日本の未来を切り開いていこうとする考えを堅持し、その実現に向けて今なお、取り組んでいることはもっと賞賛されていいはずだ。

 

 

ヨーロッパの補完性の原理と地域自治

地方分権を語る上で、大切なキーワードがある。「補完性の原理」である。補完性の原理とは、なるべく小さな単位で物事を解決していく、その単位で解決できない場合に大きな単位で解決していくという考え方で、EUを中心にヨーロッパで一般的な考え方だ。地方分権を考える上で必ず出てくる考え方で、住民に身近な市町村に権限を集約し、市町村で処理が困難な場合には広域自治体としての都道府県、あるいは国が補完する。近年、よく耳にする「自助、共助、公助」は補完性の原理に基づいた考え方だ。日本における道州制導入の根拠もこの補完性の原理にある。

 

問題は長く中央集権体制が続いた日本にあって、補完性の原理がなかなか受け入れられない土壌にある。ニア・イズ・ベターを基本とする補完性の原理に基づけば、中央官庁がコントロールする様々な権限は都道府県へ、あるいは市町村へ下ろすことになる。中央省庁も国会議員も現在握っている権限を果たして手放せるか、道州制の議論がなかなか進まない一つの背景と言えるだろう。

 

冒頭少し触れた減税日本が掲げた地域委員会制度も本来はもう少し検証に値する考え方である。この仕組みはボランティアの市民が名古屋市の予算の使い道の一部を決めるというものだった。税金の使い道を選挙という民意を得るプロセスを経ていない者が決定することの是非が問われた。特に市議会議員の反発は大きかった。

 

ヨーロッパを見渡せば、地域委員会と同様の仕組みで税金の使い道を決めている自治体はいくつも存在する。社会に補完性の原理が根付き、自分たちのことはまず自分たちでやるという意識を持っていること、そもそもヨーロッパは国家の前に都市があることなども、地域委員会制度が成り立つ背景にはあるだろう。弁護士や公認会計士、建築士、教師など何らかの専門性を持った市民がほぼボランティアで平日の夕方や土日を使って地域のために重要課題を議論し、意思決定する仕組みを有しており、日本ではまず考えられない風景がそこにある。

 

昨今、日本では議員報酬が少なく生活が成り立たない、兼業でなければやれない、あるいは兼業でやるには責任が重すぎるといった理由から地方議員のなり手が減少している。江戸時代までは藩が実質的に独立していた都市国家だった日本も明治維新以降の中央集権体制への移行で、都市の自立性はすっかり失われてしまった。

 

日本は今、明らかに岐路に立っている。道州制は本来、待ったなしだ。地域が自立したときに、社会はどう変わるか、国民の暮らしはどうよくなるのか、その議論に向き合い、民意を問えるのは選挙でしかない。そういう意味で、今回の衆議院選挙で道州制の議論を堂々と掲げている政党はどこか、そんな視点で見てみると面白いだろう。