霞が関から見た永田町

霞が関と永田町に関係する情報を、霞が関の視点で収集して発信しています。

京都産業大学 獣医学部新設 断念理由の矛盾

 

加計学園による獣医学部新設に関して、加計学園と同じく国家戦略特区への申請を行っていた京都産業大学が会見を開き、準備不足で新設を見送ったのであり、今後も獣医学部の新設は行わない旨を発表した。

 

 これを受けて、ネット上などでは、京都産業大学の提案の方が加計学園の提案よりも優れているにもかかわらず、加計学園が選ばれたのは問題だとする民進党などの主張の根拠が崩れたという主張が盛んになされる事態になっている。

 

 加計学園獣医学部新設について何の問題もなかったと考える人は、都合良くこの会見も解釈するのだろうが、京都産業大学の会見における質疑を見ると、疑惑は残ったままである。安倍総理が国民に読むように勧めた読売新聞は、その質疑をオンラインに掲載しているので、それを確認するべきだろう。

 

 焦点となるのは、京都産業大学が断念した理由として、2017年1月4日の告示で「2018年(平成30年)4月の設置」という条件が提示されたことにより、準備が間に合わないことをあげたことである。この告示後、2017年3月末までに学部設置の認可申請を提出しなければならず、設置計画から教員の確保を極めて短期間に準備しなければならなくなった。京都産業大学は、そのような厳しい日程が提示されることを想定していなかったというのである。

 

 京都産業大学は短期間で準備が整わなかったことを理由としてあげているが、会見の質疑の中で、国家戦略特区への申請の構想のきっかけを問われ、2015年6月に、京都産業大学獣医学部構想を知っていた京都府から働きかけがあったと答えている。つまり、2015年6月の段階で既に獣医学部の構想があり、そこから京都府の協力も得て、申請へ向けて準備がされてきたのである。京都産業大学には、総合生命科学部があり、そこには動物生命医科学科があることから、この学科を母体とした獣医学部の設置を申請している。つまり、一定の基盤があり、なおかつ2015年以来、一定の時間をかけて準備がされてきたのである。それでも準備が間に合わないという日程の設定がなされていたことになる。

 

 京都産業大学は、国家戦略特区の仕組みを利用する場合、規制に穴が開けられるのを確認してからでないと、教員や建物、設備は整えられないと感じていたと答えている。この点につき、加計学園は規制が緩和されるのかどうか確認する前に既に教員を集めるなどの準備を行っていたということになるが、京都産業大学としてはそのようなリスクは事前には負えなかったというのである。

 

 加計学園が長年獣医学部新設に向けて活動してきたことは知られているが、50年以上も獣医学部の新設が認められていない状況で、なおかつ規制緩和の可否が不透明な中で、京都産業大学の負えないようなリスクを負って、いつでも開設できるように教員確保や校舎の土地の調査を行うなどの準備をしていたと見るのは少々無理があるだろう。

 

時系列で見ると、2015年6月初めに今治市が特区申請を行い、同月の末に、いわゆる石破4条件が閣議決定された。その後、京都府が特区申請を行ったのが2016年3月である。2015年6月あたりから加計学園が教員集めや校舎の建築の準備をしていたのだから、加計学園京都産業大学に先んじるのは当然だという意見も想定されるが、こと教員集めに関してはそれほど簡単ではない。既にどこかの大学に所属している教員であれば、いつから新設の獣医学部に移るのか、その時点で所属している大学との調整が必要となる。本当に開設されるのかどうか分からない、開設の年限が不明確な大学に移ろうという教員はそうそういない。京都産業大学に先んじて加計学園が教員を確保していたとすると、既にどこか段階で、ある年限に学部新設が確実であるという確信を得た上で、それを根拠に他大学の教員などと交渉していたとしないと辻褄が合わない。

 

2017年1月4日の告示があったことから京都産業大学が教員を集めようとしたところ、教員を十分に集めることが出来ないと判断したということは、京都産業大学の会見でも語られていたように獣医学に関わる教員の数が日本全体で限定されていることから、既に加計学園側がその時点で十分な数の教員を確保し、京都産業大学による教員集めの余地がなかったことを意味している。もし、京都産業大学加計学園が同一時点から教員集めをしたとすると、加計学園側が余程の好待遇でもない限り、加計学園に教員が偏るということは考えにくい。獣医学部ということで、実務家を教員として受け入れたり、いまだポストに就いていない若手を登用することにしたりするとしても、基幹となる教員は他の大学の獣医学部から引き抜いてくるしかない。国家戦略特区というぐらいだから、国際的にも通用する獣医学部を作ろうとするのであれば、なおさら実績のある教員を他大学や研究機関から招聘するしかない。京都産業大学のように既に近い分野の学部を持っているのであれば、その教員を学内で配置転換することである程度の対応が可能であるが、加計学園は経営する倉敷芸術科学大学生命科学部生命動物科学科から教員を移動させるということなのか。果たして、外から見れば獣医学部の新設の可否が不透明であったなかで、加計学園はどのように教員を集めてきたのだろうか。2017年1月4日の告示で2018年4月の設置という条件が提示され、この時点で約1年後に新設学部に移籍することに合意した教員を加計学園が一定数確保していた方法が問われているのである。

 

2017年1月4日の告示で2018年4月の設置という条件が提示され、相応の準備をしてきた京都産業大学であっても応じられない中で、加計学園が何故その条件を満たすことが出来たのか。2017年1月4日の告示をめぐる府省間の調整、そして、その調整にあたって加計学園に近いとされる政治家などがどのように関与していたのか、いないのか。いまだ解明されていない点は残っている。

 

 少なくとも、京都産業大学の会見における質疑を見る限り、京都産業大学はそのような府省間の調整や政治家の関与からは蚊帳の外に置かれていたようだ。そして、これ以上は騒動に巻き込まれたくないからこそ、大人の対応を取って、獣医学部新設ではなく、総合生命科学部を再編して新たに生命科学部を開設するという方向に舵を切ったということなのだろう。